本記事では中沢志保 著『オッペンハイマー』(中公新書)を読んだ感想を述べる。
この本をまだ読んだことがない人が読むかどうかを判断する材料になれば幸いである。
どんな本か
原爆の父と呼ばれる物理学者オッペンハイマーの生涯と第二次世界大戦前後の国際関係やアメリカ政治について詳しく述べられている。オッペンハイマーがロスアラモス研究所の初代所長となった経緯や原爆投下後のオッペンハイマーおよび周囲の政治家・科学者の動きなどがよくわかる。
なぜ読んだか
もともとは映画の「オッペンハイマー」を観に行こうと思っていたが、やはりオッペンハイマーのことをきちんと知りたくなったから。
この本を読む前はオッペンハイマーについてはほとんど知らなかった。せいぜい学部生時代に講義で習ったボルン・オッペンハイマー近似で名前を聞いたことがあった程度だった。映画「オッペンハイマー」が日本でも上映されることを聞いたときにはじめて映画にするほどの人物であることを知ったくらいだ。
感想
私は歴史や政治、国際関係に明るくないので読むのがすこし大変だった。著者は国際関係学が専門のようなのでそちらの方面に明るい人ならより楽しんで読めるのかもしれない。
オッペンハイマーは大量破壊兵器を作りたかったというよりはそれを開発することによって戦争を防止することを目的としていたようだ。ただ、示威実験では効果は足りず使用する必要があるとも思っていたようだ。果たして本当に原爆を投下する必要があったのかという議論は結論が出るようなものではないように思われるのでここでは避けるとして、この本を読んだあと私の中に湧いたある疑問について意見を述べたい。
それは「兵器開発は平和につながるか?」である。
戦争相手より優れた(殺傷能力の高い)兵器を開発して戦争に勝利しようというモチベーションは、賛成できるかどうかは別として、論理的に理解することはできる。ただそれが平和につながるという考え方はどうにも理解ができず、納得がいかない。
私は兵器開発はかえって戦争をより恐ろしいものにしてしまうだけだと思う。ノーベル賞を創設したノーベルが戦争抑止力のためにダイナマイトを開発したがかえって戦争が激化したこともあるし、歴史がそう物語っているのではないだろうか。
歴史は繰り返すというが、ダイナマイト・核兵器の開発が引き起こした悲しい歴史が繰り返されないように政治に対しても関心を持っていかなければと思う。