一方通行で発信

本や科学・技術について感想・解説、その他の日々の考察・気づきを綴ります。

展覧会感想:ぜんぶ、北斎のしわざでした。展(CREATIVE MUSEUM TOKYO)

本記事では「ぜんぶ、北斎のしわざでした。展」を鑑賞した感想を述べる。

 

基本情報

場所:CREATIVE MUSEUM TOKYO(京橋)

期間:2025年9月13日-11月30日

公式HP:https://hokusai2025.jp/

 

どんな展覧会か

北斎漫画」を中心に葛飾北斎の作品を展示している。

現代漫画の表現技法として確立されている集中線や海の波の表現は北斎が数百年前に既に用いていた。

 

 

感想

現代漫画的な表現技法といった展覧会の見どころとして紹介されている部分も確かに驚きではあったが、それ以上に精密な観察および緻密な絵に驚かされた。

 

富嶽三十六景は学生時代に教科書で見た際にはどんなに大きい絵なのだろうかと思っていたが意外と小さく、その中に器用に飛沫を描いている。

特にすごいのが動物の絵だ。ペンではなく毛筆を使って描いているにもかかわらず、皮膚のたるみ、毛、鱗といったディティールがやたらと細かい。毛にいたってはまるで顕微鏡で見たかのように一本一本を丁寧に描いており、見ているこっちが気が狂いそうである。

 

しかしながらゾウなどの大型哺乳類がおどろおどろしい。顔つきはどこか人間っぽく、動物というよりはむしろ妖怪のようだった。魚や昆虫などの小型の対象はそのようなことはなくリアルそのものなのでその対比が興味深かった。

 

北斎は全体のバランスよりもモノのディティールを正確に捉えるのがうまいのかもしれない。富嶽三十六景はストロボ写真で撮影したようだし、動物の皮膚は顕微鏡で観察したかのようである。

 

超人的な観察眼でリアルに描いた作品が多い一方で、本来見えないはずのものも描いている。展示作品ではたとえば「椿説弓張月」の光線は明らかに存在しないものだ。北斎がリアルだけでなく、想像上のものを描くのにも優れていたと考えるのが普通だろうが、常人には見えないものまで見えていたと考えると面白いのではないか。そもそも北斎は見えているものしか描いておらず、光線や集中線なんかも北斎にとってはリアルだったのかもしれない。

読書感想:『人間の建設』岡潔、小林秀雄 著 (新潮文庫)

本記事では岡潔小林秀雄 著『人間の建設』(新潮文庫)を読んだ感想を述べる。

この本をまだ読んだことがない人が読むかどうかを判断する材料になれば幸いである。

 

 

どんな本か

理系の天才 岡潔と文系の天才 小林秀雄の対談集である。

特にテーマに縛られることなく、酒、教育、数学などについて語られている。

 

中身はとんでもなく頭が良く、知識も豊富な人たちの雑談というかんじだ。

そういった人たちは様々な知識を一段階抽象度が高いレベルで、ジャンルの異なる物事にも共通点を見出しながら理解しているものだと思う。

この対談集では心の動きという共通点が多様なテーマの中で顔を出す。

 

なぜ読んだか

どこかの誰かのYouTube(忘れてしまった)で人生観が変わるくらいの名著だと言っていたので、どれほどすごいのだろうと気になって読んだ。

 

岡潔小林秀雄に特別に興味があったわけではない。

岡潔が数学の多変量解析の分野ですごい人だとは知っていた。

ただし業績について詳しくは知らない。

小林秀雄にいたっては名前を聞いたことがあるくらいで、著書の一つも読んだことがない。

 

感想

私には人生観が変わるほどのインパクトは与えなかったが、それはこの本が良い本ではないことを意味しない。そこまでのインパクトを与える本にはなかなか出会えないものだと思うが、もしかしたら普段読み慣れているような、物事を解説する類の本ではないからかもしれない。2人が言いたいことを理解できていない感触が残ったことは確かだ。

 

それでもところどころで「なるほど」「たしかに」と感じられる言葉があった。

私に特に響いた箇所はおおよそ以下のような意味合いだった。

・いくら理路整然と説明したとて人は感情が納得しないと本当には納得しない。

・20代で決まったやりたいことの方向性はその後の人生においても大きくは変わらない。

1点目は要は「言っていることはわかるんだけども...」というやつだなと思った。

私自身が誰かの言っていることに対して感じたことがあるし、反対に私が誰かに説明しているときに相手が感じているだろうと思う。ついつい人に何かを伝えるときには理路整然と説明することを重視してしまうが、人に納得してもらうためには感情を動かさないといけない。仕事でもプライベートでも人を納得させたい場面はいくらでも訪れるので心に留めておきたい。

2点目については私自身もあるときに感じたことがある。私は結局、自然科学や数学・情報といったいわゆる理科系の領域に属する事柄に一番心が惹かれる。興味の範囲は成長とともに年々広がっているようで実のところそんなに大きく離れていない。文系分野の学問や芸術などに対して面白いと思うことも美しいと感じることもあるが、それらに没頭して長い時間を費やしている自分は想像がつかない。

 

今後、より色々な経験を積んだ上でもう一度読み直したら私にも人生観が変わるほどのインパクトを感じるかもしれない。そう感じさせるような一冊だったと言える。

読書感想:『フラクタル』ケネス・ファルコナー 著 服部久美子 訳 (岩波科学ライブラリー)

本記事ではケネス・ファルコナー 著 服部久美子 訳『フラクタル』(岩波科学ライブラリー)を読んだ感想を述べる。

この本をまだ読んだことがない人が読むかどうかを判断する材料になれば幸いである。

 

 

 

 

どんな本か

オックスフォード大学が出版しているA Very Short Introductionシリーズの『Fractals: A Very Short Introduction』の邦訳版である。

 

フラクタル幾何学の基本、歴史、自然科学・社会科学に現れるフラクタルなど包括的な内容を簡潔に解説している。

 

著者のケネス・ファルコナー氏は当然ながら、訳者の服部久美子氏もフラクタルの専門家であることを注意しておく。

 

 

なぜ読んだか

大学院時代に一度、訳者である服部久美子氏にフラクタル上の確率過程について教わりに行ったことがあった。その際にとても優しく丁寧に教えてくださったことが心に残っており、きっとこの本も良い訳がされているに違いないと思ったから。

 

感想

フラクタルは私の興味の対象であるカオス力学系にしばしば現れるというだけでなく、自然界にありふれている。科学を学ぶ者としてはフラクタルについてはしっかり知識を身につけておきたいところだが、恥ずかしながら体系的に学んだことがなく付け焼き刃の知識しかない。これからより深く学ぼうと思っているところだ。

 

この本だけではフラクタル幾何学について体系的に学ぶことはできないが入門の入門として優れていると思う。とくにボックスカウント次元のところが丁寧に書かれていてわかりやすかったし、ジュリア集合・マンデルブロ集合についての解説は勉強になった。

 

また恥ずかしながらフラクタル次元が非整数であればフラクタル図形と呼ぶのかと思っていたが、そのような定量的な定義を与えることが難しい点はこの本で初めて知った。フラクタルの定義の難しさはカオスの定義の難しさと似ていると感じた。

 

ページ数が少なく、内容も高校数学がわかれば理解できる内容になっているにもかかわらず学びが多い良書といえるだろう。フラクタルについて知りたければまず手にとるとよいのではないだろうか。

読書感想:オッペンハイマー

本記事では中沢志保 著『オッペンハイマー』(中公新書)を読んだ感想を述べる。

この本をまだ読んだことがない人が読むかどうかを判断する材料になれば幸いである。

 

 

 

どんな本か

原爆の父と呼ばれる物理学者オッペンハイマーの生涯と第二次世界大戦前後の国際関係やアメリカ政治について詳しく述べられている。オッペンハイマーがロスアラモス研究所の初代所長となった経緯や原爆投下後のオッペンハイマーおよび周囲の政治家・科学者の動きなどがよくわかる。

 

ja.wikipedia.org

 

なぜ読んだか

もともとは映画の「オッペンハイマー」を観に行こうと思っていたが、やはりオッペンハイマーのことをきちんと知りたくなったから。

 

この本を読む前はオッペンハイマーについてはほとんど知らなかった。せいぜい学部生時代に講義で習ったボルン・オッペンハイマー近似で名前を聞いたことがあった程度だった。映画「オッペンハイマー」が日本でも上映されることを聞いたときにはじめて映画にするほどの人物であることを知ったくらいだ。

ja.wikipedia.org

 

感想

私は歴史や政治、国際関係に明るくないので読むのがすこし大変だった。著者は国際関係学が専門のようなのでそちらの方面に明るい人ならより楽しんで読めるのかもしれない。

 

オッペンハイマー大量破壊兵器を作りたかったというよりはそれを開発することによって戦争を防止することを目的としていたようだ。ただ、示威実験では効果は足りず使用する必要があるとも思っていたようだ。果たして本当に原爆を投下する必要があったのかという議論は結論が出るようなものではないように思われるのでここでは避けるとして、この本を読んだあと私の中に湧いたある疑問について意見を述べたい。

 

それは「兵器開発は平和につながるか?」である。

 

戦争相手より優れた(殺傷能力の高い)兵器を開発して戦争に勝利しようというモチベーションは、賛成できるかどうかは別として、論理的に理解することはできる。ただそれが平和につながるという考え方はどうにも理解ができず、納得がいかない。

 

私は兵器開発はかえって戦争をより恐ろしいものにしてしまうだけだと思う。ノーベル賞を創設したノーベルが戦争抑止力のためにダイナマイトを開発したがかえって戦争が激化したこともあるし、歴史がそう物語っているのではないだろうか。

 

歴史は繰り返すというが、ダイナマイト・核兵器の開発が引き起こした悲しい歴史が繰り返されないように政治に対しても関心を持っていかなければと思う。

読書感想:カオスー混沌のなかの法則

本記事では『カオスー混沌のなかの法則』を読んだ感想を述べる。

この本をまだ読んだことがない人が読むかどうかを判断する材料になれば幸いである。

 

 

 

どんな本か

初版が1991年なので、現在ではすでにかなり古い本ではあるがカオスに関する数学・物理学的な知識を幅広く、しかも簡単に解説している。

 

なぜ読んだか

戸田盛和がカオスをどのように解説しているのか気になったため。

戸田盛和は高名な物理学者であると同時に物理に関する著作物も多く、学校の教科書にも携わっていた。

ja.wikipedia.org

感想

戸田盛和の専門は可積分系であり、カオス力学系ではないにもかかわらず、非常に簡単かつ明快に物理現象のカオスについて解説していて驚いた。さすが戸田盛和と言わざるを得ない。

 

古い本であり今となっては目新しいことが書いてあるわけではない。ただ、特に初学者にとっては今読んでも価値がある本だと思う。山口昌哉の『カオスとフラクタル』も初学者にとって非常にわかりやすくカオスを学べる本ではあるが、『カオスとフラクタル』は数学の本であるため物理現象のカオスについて主に知りたい人は『カオスー混沌のなかの法則』を読むとよいと思う。

 

 

読書感想:選択的夫婦別姓 これからの結婚のために考える、名前の問題

本記事では『選択的夫婦別姓 これからの結婚のために考える、名前の問題』を読んだ感想を述べる。

この本をまだ読んだことがない人が読むかどうかを判断する材料になれば幸いである。

 

 

 

どんな本か

選択的夫婦別姓訴訟の背景、原告・弁護団の主張と訴えを退けた最高裁判決の問題点について整理されている。

 

なぜ読んだか

なぜ選択的夫婦別姓制度が導入されないのか率直に疑問に思っていたところ、書店で見かけたので購入した。

また、以前『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』を読み、岩波ブックレットが私にとってちょうどよいページ数で内容も充実していると感じていたから。

kenten0124.hatenablog.com

感想

夫婦を同姓とすることが戦後の家制度の終わりとともに既に問題視されていた歴史の長い問題であることや、日本国内にとどまらず国際条例違反として勧告を受けていることなどを知ることができた。非常に満足だった。

 

選択的夫婦別姓制度が導入されない理由がまったく論理的でないように感じられる。国会で論理的でない議論が行われることはしばしばあるが、まさか最高裁判所ですら論理的でない結論を導くことがあるとは思わなかった。

※この本を読む限りでの感想なので私にもバイアスがかかっているとは思う。

 

理路整然とした語り口の中に著者の最高裁判所の判決に対しての怒りが込められていると感じた。強く激しい主張を感じられる良い本だった。

 

読書感想:言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか

本記事では『語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』を読んだ感想を述べる。

この本をまだ読んだことがない人が読むかどうかを判断する材料になれば幸いである。

 

 

どんな本か

オノマトペや子どもの言語習得に関する著者らの研究成果から、言語の誕生、すなわち人類がいかにして言語を獲得していくかを明らかにしていく本である。言語学や子どもの発達にかんする知識がなくても読めるように初学者にもわかりやすく書かれていると思う。

 

なぜ読んだか

何だったかは忘れてしまったが何かで知って気になったから。タイトルにも惹かれた。

 

感想

非常に興味深く、刺激的な本だった。私自身は言語学のバックグラウンドはないがこの本で主張されていることはおおよそ理解できたつもりだ。学問の面白さが詰まった一冊だと思う。

 

オノマトペを言語として捉えるべきであるという主張や、人間だけが行う推論が言語の習得に一役買っているという仮説がとくに面白い。詳しい内容はぜひ読んで知って欲しいと思う。